フレンチブルドッグ ジミニーのおうち

ジミニーのほんわか日記

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< July 2020 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
最近の暮らし
おひさしぶりです。
あれから犬と迎えて一緒に暮らしています。
名前はOllie(オーリー)男の子です。
実はもう一歳です(・∀・)
ジミニーが元気な時から、ジミニーも私もたくさんの方に優しくして頂いて、ジミニーが旅立った時は皆さんにご心配いただいて‥
今もジミニーのブログには、おうちのわんちゃんが脳腫瘍と診断されたご家族が見にきてくださっていたりするので、ジミニーのブログにオーリーの話をのせるのは、どうなのだろうか‥と思いながらこれだけの時がたってしまいました。
しかし、また『犬と一緒に暮らす』というのもあれから私が選んだこと。
ブログをみてくださっている方にも今はこうして暮らしています、ということをお伝えしたかったので書かせていただきました。

犬と一緒に暮らす楽しさというのはジミニーが私に教えてくれたことで、あの子がいなければ私には分からなかったことです。
ジミニーありがとうね。
ジミニーの弟分はとってもやんちゃだよー!
このブログはジミニーとの思い出なので、オーリーとはインスタグラムをはじめてみる事にしました。
なにせはじめてなのでてんやわんやですが、またそちらではオーリーとの暮らしをつづっていこうと思います。

(写真のオーリーはまだ子犬だった頃、足がまだムチムチしています。↓)
| 脳腫瘍 | 19:28 | comments(11) | - |
今日はジミニーのお誕生日です
今日はジミニーの誕生日です。
生きていれば12歳です
ケーキと一緒に写したのは、私が絵付けをした土鈴のジミニー。
昔ジミニーと一緒に行った深大寺窯に、ジミニーが旅立ってからまた行って作ってきたものです。
ジミニーのつけていた首輪もつけて!
一緒に行ったお蕎麦屋さんは雨で閉まっていたけれど、すごく懐かしくて嬉しかったよ、ジミニー。
楽しかったね、ジミニー。
| 脳腫瘍 | 16:48 | comments(2) | - |
二回目の命日でした
先日二回目の命日でした。
ジミニーが旅立ってもう2年です。
いつもの”にっこり梨”買いました。
梨が大好きだったなぁ。
何年か前に贈り物で立派な梨をいただいたことがありました。その梨は今まで見たことがないくらい大きくて、ものすごく甘くて、みずみずしくて。
今までの人生で食べた梨の中で一番おいしいものでした。
その梨がある間は毎日ご飯の後にジミニーにも出してあげていたのですが、ものすごい賢そうな顔でジミニーがマテしていたことを今でも思い出します(笑)かなりジミニーもおいしかったんだろうなと思います。

今でも思うのですが、なぜあの梨の名前をきちんとメモしておかなかったのだろう‥とものすごく後悔しています。
命日にジミニーに選んだお花は天使の羽みたいなかわいいお花。
かわいいでしょ、ジミニー!
会いたいなぁ〜。お尻フリフリして近づいてくるんだろうなぁ〜
| 脳腫瘍 | 08:56 | comments(2) | - |
あれから一年がたちました。
 
11月13日ジミニーのお誕生日だった日でした。
生きていれば11歳。
そして先月10月12日はジミニーの一周忌でした。
ジミニーは10歳になる一か月前に旅立ちました。
 
この一年ずっとあたりまえにいたあの子がいなくなって、いろいろな方の優しさや助けがあって少しずつ普通の自分の生活を取り戻せたとおもっています。
少しずつジミニーのいない毎日を繰り返し、もちろん寂しさはあるけれど暮らしています。
 
あと私には一つ前のブログにも書いた事なのですが、作っているものがあります。
その作業を再開することにしてから毎日が少し楽しくなった。
ジミニーがいた時にきっと楽しい、と考えた事。やはり諦めずあの時続けてよかったなぁと今は思っています。
今の目標はそれを完成させること。
まだあと少し時間はかかるけれど完成したらまたお知らせできればいいなぁと思います。
ジミニーにも報告したいなぁ。
 
今でも毎日思い出しては、あぁかわいかったなぁ。あぁ幸せだったなぁ。と思います。
ジミニーと一緒に過ごしたあの時間は、あの子が教えてくれなければ私はきっとずっと知らない時間だったでしょう。
今も感謝と幸せだった気持ちでいっぱいです。
思い出もたくさんあります。
ジミニーは大好きな梨をあげる時、いつもよりなぜかりりしく賢そうな顔をしておすわりして貰えるのを待っていた。
そのキリッとした顔のジミニーが「お利口さんにできているよ!」って言っているみたいで、とてもかわいかった。
去年お供えした「にっこり」という種類の梨を先月ジミニーに同じように買ってきた時、そんなことをしていたかわいいジミニーを思い出して笑った。

 
お盆の少し前、大きめなクモの足が庭で引っかかっていて、おそるおそる枝や葉っぱを使ってその弱ったクモを庭のカシワバアジサイの葉っぱの上に置いたことがあった。
その三日後くらいに今までクモが出た事ない自分の部屋に同じ種類の大き目のクモが現れた!
そのあと夜になると、しばらく私の部屋に現れていた。
ジミニーがあの日クモを助けたのを見ていてクモに変身したらかまってくれると思ってクモの姿で現れたのでは!?と思った。
なんでもかんでもジミニーに結び付けて考えるのは、それはそれで違うんじゃないかと思うのだけど、なぜかその時そう思ってしまった。
そのクモはなぜかピョンピョン跳ねて近づいてきたりもした。
当然大きいクモなので私はぎゃー!!とはじめはなったのですが、そんなクモにも慣れて「今日はいーひんなぁ」とちょっと最後の方はクモが来るのを待っていたりしていた(笑)

それも、お盆が過ぎた頃から見なくなった。
あれから一度も見ない。
その大きいクモについて調べると、人にはあまり近づいてこないそうだ。
やはりお盆で遊びにきたのかな。
全然違ってただの人好きなクモだったのかもしれませんが(笑)
でも、ジミニーなら蜘蛛はなんか怖いから次回は違う姿で現れてくれたらうれしいなぁ〜
 
ジミニーは何をするにも一生懸命でいつも全力投球!みたいな子だった。
フレンチブルドッグにはしっぽがほとんどないのですが、ジミニーもしっぽが短く、しっぽを振ったりすることはできなかった。
でも、しっぽがない分いつも表情ゆたかに体いっぱいに表現しているみたいだった。
私の友達は、「ジミニーもうすぐしゃべれそうやな〜」と言っていた。
おもしろかったなぁ、ジミニー。

悲しく辛い別れだったけれど、たくさんの楽しい思い出があって、その思い出がまた寂しい気持ちの自分を今も救ってくれたりといつまでもジミニーはなんとも不思議な存在です。


ジミニー、そっちの暮らしはどうですか?
飛ぶように走っていますか?おいしいものをたくさん食べていますか?
 
ジミニー!あのにっかり笑顔でずっと笑っていてや〜!

 
・・・・・・・・・・
11月29日追記
このクモのお話、本当はなんだか書きようによっては不思議な感じになってしまう話なので、どうしようか迷ったのですが、すごく印象深かった出来事だったので書きました。
あれから一年となるといろいろなことがあって、文章の組み立てが簡潔に書こうとすると足りない部分があったりして、この記事を書いた時からなかなかうまくお伝えできていないのかもと思っていました。
 
私がジミニーが会いに来たのでは??と思ったのは、私がクモを助けたのをあの子が見ていたら、私がクモの事を好きだから優しくしている!とジミニーが思ったのでは!?と頭をよぎったのです。
 
ジミニーは人の事が大好きでした。
ジミニーはたくさんの方にかわいがっていただき、優しくしていただきました。
優しくしてくれる人は大好き!そんな感じでした
それほど素直でかわいかったあの子をその瞬間にふと思い出してしまったのです。
 
でも私はクモの事はどちらかというと苦手です(笑)
だけどジミニーが勘違いして、クモの姿で現れたとしたなら、そんな勘違いをする発想がジミニーっぽくて懐かしいという気持ちと「そんな事考えるなんて、なんてかわいいんだ!!」と一緒に生活していた時によくいろんな事をするあの子に対して思った気持ちがかさなったのです。


| 脳腫瘍 | 13:53 | comments(2) | - |
旅立って半年が経ちました。
ジミニーが旅立って、もう半年が過ぎました。
 
あっというまに寒い冬が過ぎて、春がきた。
 
春や秋はジミニーにとっては過ごしやすい季節で、ついついお散歩は長くなった。
春はお花見に行ったし、秋は葉が赤くなる様子をみて綺麗だね、といった。
春から夏に変わる草木のみずみずしさ。秋から冬に変わる寂しさ。
一年って早いなぁと何度も言った。
 
毎日行っていたお散歩。
あの子がいなくなりそのお散歩の時間が私の生活からなくなった。
何か用事があっても次でいいか、となる。
自分の事になると今日でなくていいかと思ってしまうものなのだなぁ、と思った。

今日はとても暖かくて、ジミニーはお散歩に出たらきっと息があがってしまうのだろうな。


あれから半年が過ぎ今思う事。
 
今もあの子をふと、思い出すと喉の奥がはれてつまったように苦しくなる。
 
シニアになってからはもしかしたら…という気持ちはいつももっていた。
 
私はジミニーを失う事がとても怖かった。
 
静かに寝ている時はちゃんと息をしているか心配でほっぺたをつんつんと触った。
外に買い物に出た時、元気にお留守番できているか、家に着き急いでドアを開けた。
そんな時、すでに玄関であの子は嬉しそうな顔をして待っていた。
そして、私のにおいを嗅いで嬉しそうにジャンプして、私が行くところにずっとついて回った。
 
病気が一番怖かった。
少しでも気になることがあれば病院へいった。
だから余計になんでこんな事に。と自分を責めた。
なんでジミニーなんだろう、なんで脳腫瘍なんだろう、と。
 
少しずつ年をとって、ゆっくりゆっくり歩くようになるジミニー。病院へカートに乗せて通って。
今よりもっと白髪が増えて、年をとって眠る時間が増えて。そんなことを想像していた。

まさか旅立つその日まで自分で立つことができたジミニーをおくるとは考えてもいなかった。
 
体を思うように急に動かせなくなったジミニーは自分でも困惑していたと思う。

まだ自分の意志で体が動かせる時、いつものようにジミニーはベットに飛び乗ろうとしたけど、もう自分でジャンプして乗ることはできなくなっていた。
はじめてそれを目にしたとき、いつものようにできなくて困ったような顔をしたジミニーを抱きしめて
「もうできひんねん…もうできひんねん…」と泣いた。
 
毎日毎日あの子はできる事がどんどん少なくなっていた。
 

もしかしたらこのブログを見てくださっている方の中に、ジミニーと同じように病気と戦っている子のご家族がいらっしゃるかもしれない。
 
いろんな症状があって、いろんな選択があって。
一番近くで見てこられたご家族が選ばれた選択はきっとどれもが正解なのだと思っています。
 
どういう結果になっても、ジミニーのように余命が短くその時間が限られたものだとしても。

その子を想ってできる事はなんでもやってあげたい。そういう私達の気持ちはきっと意思疎通がたとえできなくても伝わっているのではないかと今はそう思うのです。
 
なんで病気ってあるのだろうな。本当に。悲しいし、苦しい。
今もどこかで苦しい思いをしている子がいて、旅立っていく子がいて。
いつまでも元気でただそばにいてほしいだけなのに、それはどうにもならないことで。
それが生きるということなのだろうけれど。


最期の時「ジミニー、毎日毎日楽しかったなぁ。」と言った。
本当に毎日毎日楽しくて、いつまでもこの幸せが続くんだと勝手に信じていた。

年はとったけれど、別れはずっとずっと先だろうと。
子犬の時と変わらず、大きくなっても同じように遊んで走って。かわいくて。
けれど、気付いたらいつのまにかジミニーは私よりもうんと年をとっていた。
 
そして知らぬ間に病気がジミニーを奪いにきていた。
すごいスピードでジミニーがジミニーでなくなっていく時をみていた。
 
そしてジミニーは旅立っていった。

つらくて、つらくて自分の一部をなくしてしまったような感覚になった。
生まれてはじめてずっと自分が大切に大切にしてきたものを強引にこの手から奪われたような感覚だった。
 
これからどうやって生きていったらいいんだろうと思った。
 
おおげさだと思われるかもしれない。
変だと思われるかな。おかしいと思われるかな。
だけど、毎日いたのにいなくなったから寂しい。そんな簡単な感情ではなかった。


ジミニーを家に迎えた日、ドッグフードをふやかして食べさせた。
緊張してジミニーは全部は食べれなかった。
子犬のジミニーはいつもトイレで寝ちゃって頭を抱えた。
シャンプーや爪切りや耳掃除、はじめてのことばかりだった。
まだワクチンが終わってない時、地面は歩けないけれどスリングに入れて毎日外の世界を見せた。
スリングに入った子犬のジミニーを小さい子からお年寄りまでたくさんの方がなでてくれた。
ジミニーは人が大好きな子になった。
おやつもごはんも大好きになった。
ロープ遊びやボールが大好きだった。
 
毎日一緒で楽しかった。
最期の時、心臓がゆっくりゆっくりと動いていた感覚は今も手のひらに残っている。
 
最期の時、夫に「抱っこしてあげよう。」と言われるまで、「抱っこ」という事が頭になかった。
動かして頭が痛くなったらかわいそうだから、と抱っこは病気が分かってからずっとできなかった。
「抱っこしてあげよう」そう言われた時、私はびっくりして
「抱っこしたらあかんやん!ジミニーがしんどくなったらどうすんの!?」と言おうとした時、夫に抱っこされたジミニーはもう意識はなく、目を閉じて息はしているかしてないか分からないくらいゆっくりだった。そしてもう力はどこにも入っていなかった。
 
その時もうこれが最後なんだ、と気付いた。もう次はないんだ。もう明日はないのだと。
そう思うと涙がどんどんこぼれた。
そして、ジミニーはいつものようにきっと近くに私達を感じたいだろうと思った。
 
つらい思いはしたし、自分が思っていたよりも平気に暮らせていても、ふとあの子だけがいなくなった毎日は今もどうしようもなく寂しく感じる時がある。
 
少し前に動画を見つけた。病気になるずっと前に撮ったものだった。
歩くジミニーと私が写っている動画で、私の方を何回も何回も見上げて歩いているジミニー。
急に止まってこっちをみるジミニー、私があの子の頭をなでてあげるとまた満足気に歩きだす動画。
 
そんな時はどうしようもなく会いたくなってしまう。
 
闘病中の姿を見ていたから、きっと今はあの時の苦しみからは解放されているのだからこれでよかったのだと思う。
きっと今はずっと楽に過ごしているだろうと。
 
あの日、痛みで大きな鳴き声をあげたジミニーを見て、この苦しみから解放してあげたいと思った。
一番大切にしていたあの子と会えなくなっても、あの時そう思った。
 
「もうがんばらなくていいんだよ。」と心から言った。
ずっと一緒にいたかったけれど、あの痛みから解放されるならあの子にとってはその方がいいのだと思えた。

ジミニーに私の声は届いていたのかは分からないけれど、もし届いていたのなら
私がやっと自分との別れを理解したと思ったのかもしれない。


犬は痛みを我慢する。
つらくても私達に気付かれないように我慢をする。
 
だからあの大きな鳴き声はよほどの痛みだったのだろうと思う。
10年近く一緒に暮らして、あのはじめて聞いた叫ぶような鳴き声。
あの苦しそうなジミニーの鳴き声と姿は自分が今まで生きてきた中でも本当につらかった出来事。
薬で抑えられない苦しむ姿を見るというのは本当につらい。
今も頭に強烈に残っている。
頑張ったね。えらかったね。強かったね。
つらいけれど、絶対に一生忘れられない事。
 
きっと犬を迎えるという事はこういう事なのだろう。
楽しい時間も、悲しい思い出も。
 
ジミニーを迎えた時、東京に引っ越して関東に住むのが初めてだった。
そんな時に相棒のようにやって来てくれた子だった。
もしかしたら夫よりもジミニーとは東京のいろんなところに出かけただろうと思う。
ジミニーと一緒に行って、楽しかったからまたみんなで一緒に行ってみよう、と。
それから京都に引っ越した。ジミニーは京都でもたくさんの方にかわいがってもらった。
私の隣にはいつもあの子がいた。
 
ジミニーは私に犬と一緒に暮らす楽しさと幸せを教えてくれた。
もちろん楽しいだけではない、痛いくらいにわかっている別れもある。
 
だけど思うのです、
ジミニーはこの世に残した私達にどうにもならない寂しさだけを残して旅立っていったのではない、と。

悲しさだけを残す為だけに生まれ私の所にきたのではないから、と。
 
たくさんの楽しい思い出と幸せだった時間、宝物だと毎日思った気持ち、あの子から感じる愛情。
ジミニーと過ごした毎日は楽しくて、温かくて。
その思い出にはたくさんの自分の笑顔がある。
その笑顔が浮かぶ思い出は、あの子が私の隣にいなければなかった時間。
本当にあの子がいるだけで、それだけで毎日が幸せだった。
 
あの日、「また必ず会えるからね、また遊ぼうね。」心臓に手を当てて、いつものように温かいジミニーを抱いて何度も何度も言った。
また心配せんでもきっと会えるよ、と。

 
2007年12月30日雪の降る日、私の所にやってきたジミニー。
天使が舞い降りたみたいにたくさんの幸せと愛情で私の人生を豊かにしてくれた。
そしてまた空へ戻っていった。
 
毎日ジミニーをおもっています。
でもそのほとんどは、楽しかった事、あの子がやった面白い事。
思い出しては笑って話しています。
 
私の心は今は悲しみだけに支配されてはいません。
会いたくなってしまう時ももちろんあるのだけれど、ジミニーとの思い出を思い浮かべると今も笑顔になれる。
今も私の心を温めてくれる。

今、ジミニーが元気な時から考えていたことを形にする作業をしています。
ジミニーが旅立って途方にくれ、続ける意味はあるのか。と考えたりもしたけれど、
病気が分かる前からやってみたい!できたら楽しい!とはじめた事。
やめてしまうのではなくて最後まで完成させたいと思い、やはり形にしようとまた作業をはじめました。
いつかみなさんにお知らせできればいいなぁと思っています。
| 脳腫瘍 | 23:40 | comments(6) | - |
ジミニーをおくった日
この今日の記事でジミニーの闘病記は最後です。

ジミニーは木曜日の夜に旅立って、土曜日の10時に迎えに来てもらって火葬に行くことに決まった。
 
悲しいけれど、おくってあげなければならない。
明日までに用意するものは、ジミニーの写真とお花や入れてあげたい食べ物や思い出の写真、手紙など。
ジミニーのかわいい写真をパソコンの中から探した。
一枚でいいのに何枚もさがして、また悲しくなったけれどUSBメモリーに入れて必要なものを買いに出かけた。
 
まずはじめに次の日に持っていくジミニーの写真と、部屋のジミニーのスペースに置く写真をプリントしました。
 
そして、スワロフスキーのお店に行きました。
蝶ネクタイをしたフレンチブルドッグの小さいスワロフスキーがあるのです。
来月のジミニーの10歳のお誕生日の記念に、まえから買おうと決めていたもの。
10歳の誕生日までジミニーは生きられなかったけれど、部屋のジミニーのコーナーに置くために買う事にした。
次はジミニーの写真を入れる写真立てを探しに行った。
ウエッジウッドの前を通ったときに、偶然綺麗な写真立てを発見した。
店員さんが「旅」をテーマに世界各地のテーマにそって作られたラインのものだと教えてくださった。
とてもきれいで、旅立ったジミニーの写真を入れるのにこれがよいと思った。
 
食べ物はジミニーが大好きだった梨を買ってあげることにした。
高島屋の青果売り場で梨を探す。
甘いのがいいなぁと探していたら、ひときわ大きい梨を発見した。
「これにしよう!」とジミニーの分と私達もその味を食べて見たかったから自分たちの分も買いました。
 
またジミニーマジックが起きたのか!?と見て笑ってしまったのですが、梨の名前は「にっこり」という名前だった。
しかも「にっこり」はジミニーの出生地と同じ栃木県産だった。
ジミニーが引き合わせてくれたのかな。すこし心が温まった。
入れてあげるお花は薔薇にしました。
カラフルで赤やピンク、黄色や白、オレンジっぽいの。バスケットいっぱいに入るようにたくさん買いました。
本当はお庭にあったミモザやカシワバアジサイが良かったのだけど、季節ではなかったので。

家に帰って、お花の用意をする。
こういういつもしないような作業をしていると、いつもジミニーが邪魔をしに来るけれどその日はもちろんこなかった。

火葬当日、着ていくシャツにアイロンをあてる。
いつもアイロンをするときはやってきて服の上に寝だしたなぁ。と思い出して少し笑った。

バスケットには、お互いジミニーにあてた手紙と、にっこり梨と、ジミニーを迎えた日に3人で撮ってもらった写真、最後の一週間ジミニーが元気だった時に3人で撮った写真、ジミニーが大好きだったロープのおもちゃを入れました。
 
午前10時、ペット霊園の方が迎えに来てくださって火葬場まで行きました。
ジミニーと私達、最後の時間を過ごさせてもらってから火葬される。
この日は、ジミニーが蝶ネクタイをしてタキシードを着ている写真を飾ってもらう。
そして「Over The Rainbow/What A Wonderful World」の曲を流させてもらった。

虹のはるか向こう、煙突よりもっと高い所、青い空の雲のずっとずっとむこうで見守っているよ。
というような曲。

きっとジミニーは遠くでそんな風にしているんだろうな。

最後に体を撫でてほっぺたを触り、お別れの言葉を言った。
それから火葬炉の所に移動して最後のお別れになった。
 
火葬炉に入って行く時は辛かった。
もうあの姿は二度とみれないんだ、世界中探し回ってももうどこにもあの子はいない。と思い知った。
涙が流れ、夫に背中をさすってもらった。

 
ジミニーのお骨を拾う。
ジミニーはすごく骨がきれいだった。
喉仏も仏様が手を合わせて座っているように欠けることなく残っていた。
肩甲骨も薄いのにしっかり割れずに残っていて、霊園の方も丈夫なお骨だったのですね。と言ってくださった。
なによりびっくりしたことはしっぽの骨があった!
ジミニーはしっぽがほとんどなかった。その骨はしっぽの名残のようなものだそうです。
ジミニーのお骨は家にしばらく置いておくことにしたので、全てのお骨を持って帰ってきました。

ジミニーのいない生活にはまだ慣れません。
いつも私の足元でジミニーは寝ていて、今も朝起きるとジミニーが寝ていた部分を踏まないように足を折り曲げて寝てしまっています。
私の毎日は、ジミニーのお皿にお水を入れて、「おはよう」と言って写真を見る。
この流れから一日がはじまります。(写真のジミニーはいつも「おやつ!」「あそぼ!」と言っていた時の顔の写真にしました。)


このジミニーの闘病記、はじめはジミニーと同じような症状のわんちゃん、飼い主さんのお役に立つことができればと書き始めたのですが、
書いていくうちに自分の気持ちの整理もできたと思います。
 
この時こういうものを嬉しそうに食べてくれた、とか。この時は嬉しそうにしていたな、とか。
いろいろ辛い事も思い出したけれど、自分が毎日あの子がいて本当に幸せだったと思えました。
まだまだジミニーのいなくなった生活は慣れませんが、思いのほか寝込むこともなく暮らしています。

今日でこの闘病記はおわります。
長いこのブログを読んでくださったみなさん、どうもありがとうございました。
| 脳腫瘍 | 23:56 | comments(4) | - |
風のように消えていったジミニー
ジミニーが旅立って、お尻を拭いてコットンを入れた。
気付いたら20時48分だった。
 
呼吸が早くなりだしたのが17時半ごろなので、しんどくなってから3時間ほどでいってしまった。
 
悲しみはあったけれど、まずはジミニーの体を二人できれいにしました。
お湯を沸かし、タオルを絞って、熱くない気持ちの良い温かいタオルで体を拭いた。
吐いたりもしたから、顔も綺麗に拭いてあげた。
綺麗にブラッシングもした。
 
お風呂は二週間前に最後に二人で入れた。
頭はしんどくなったらかわいそうだから洗う事はできなかった。いつものジミニーの湯船にその時はいつもより少しぬるめのお湯を入れた。
お風呂に入れた時、子犬の時の事を思い出した。

この日は温かいタオルで頭もしっかり拭いてあげられた。
今まで18度の部屋で過ごしていたから、ようやく温かいタオルで拭いてもらって気持ちよかったかな。
 
悲しかったけれど、手足から硬直がはじまってしまうのでジミニーをまずは綺麗にしてあげようと思っていた。
足をいつも寝ていた時のように自然に曲げてあげた。
顔もいつものようにまぶたを閉じて、口もいつものような感じに閉じた。
 
途中辛い時もあったのだけど、激しい最期ではなかった。
優しい風が吹いたようにそっと旅立って行ったから、穏やかな顔はしていたけれど体が硬直してしまう前に、かわいいいつもの顔に整えてあげたかった。
保冷剤をたくさん置いて、バスタオルをかけて冷房をかけた部屋で少しでも腐敗が進まないようにした。

そして全て終わって、思い出していた。
ジミニーが旅立つ少し前に、夢をみたことがあった。

大きなしゃぼん玉がたくさん青空の上まで続いていて、その中を通り抜けて上まで行くと、そこには青空が広がるとてもきれいなお花畑があった。
そのしゃぼん玉の中から見る外の景色は、しゃぼん玉の虹色が光の加減で見えてとてもきれいだった。

「天国」があるとすれば、きっとこういう場所をいうんだろうと思った。

ジミニーはきっとこういう場所にいると思う。
「今からここにいくよー!」って教えてくれたのかもしれない。
 
だから「ジミニーどこにいるんかなぁ…」と悲しくなったりはしないのです。
きっと、しゃぼん玉の所にいる、って思うから。
 
風のように旅立ったジミニーですが、本当に風のようにいなくなっていました。
次の日の朝、起きるとジミニーは硬直して冷たくなっていました。
保冷剤を新しいものに変え、昨日までジミニーが飲んでいた薬を全部捨てた。
 
ジミニーと鼻をいつものように合わせて、「おはようジミニー」と言った。
いつものように口角をちょっと上げて、本当に寝ているような姿だった。でも体は冷たくて、固くなっていた。
 
ジミニーは強い薬を使っていたから、体はもう薬のにおいしかしなくなっていた。
 
朝起きてジミニーの毛布に顔を埋めて、ジミニーのにおいを探した。
でもジミニーが使っていた毛布やクッションも薬のにおいしかしなくなっていた。
 
ジミニーのにおいがもうこの家にない事をその時に気付いた。

ジミニーは私に心の準備をさせてくれた。
記憶がなくなってもう一度会いにきてくれて、少しずつ少しずつ消えていった。
 
そして、最後は自分の痕跡を消していってしまった。
本当に風のように。
 
香ばしいジミニーのにおいはもう嗅げなかった。
でも、なんかジミニーらしいなぁと思った。
 
きっとにおいを感じられたら、私は思い出してまた悲しくなってしまうから。
ジミニーはそれは困ってしまうのだと思った。
楽しい事が大好きな子だったから。ジミニーらしいなぁ。と妙に納得してしまっている。
 
風のように静かに自分を消していったジミニー。
波が砂に描いた絵を消すようにいってしまった。
| 脳腫瘍 | 17:48 | comments(4) | - |
ジミニーの最期の時。
0:21
短い発作。発作からずっとハァハァしていたので、冷房を18度に設定する。そしてやっと息が落ち着いた。
パクパクパクと音がして見たら、泡を吹いていた。目はうつろでしんどそう。
ほぼ寝ずに徘徊する。荒い息が夜中も続く。

お薬が飲ませられなくなってきた。
ボーロに水を少し加えて潰し、和菓子の生菓子(こなし)くらいの固さになったらそれにお薬を包んで食べさせてみました。
すると、昨日までかなり苦戦していたのにすんなり食べてくれた!
「ボーロだんご」は歯茎でも潰せるくらいのやわらかさだし、ねっとりしているから舌でつぶしても苦さに気づかずに食べれた。
シリンジでのお薬は本当に嫌がったから、少しでも嫌な思いはしてほしくなかったからよかった。
香りもボーロを使っていてジミニーの好きなにおいだから、ぱくっと食べてくれた。
これは本当に良かった。喜んで食べていたから。
 
ジミニーと同じようにお薬が飲めなくなったり、口が上手に使えなくなった子にもこれは試してもらいたいな。
 
同じようにドッグフードも全然食べれなくなっていたので、フードプロッセッサーで粉にしてボーロをつなぎにしてフードも「フードだんご」にしたら
食べやすそうにパクパク食べれた。
時間のある時にボーロだんごを作って、中に薬を入れておく。
そうしないと準備している間にすぐ集中力が切れて、ボーロを食べる事も忘れてどこかにいってしまうから。
同じようにフードだんごも作っておいて、少しでも欲しがったらすぐ食べさせるようにしました。
時間がたったら水分が抜けてパサパサになるのでサランラップで包んでおきました。
(サランラップに包めば大丈夫でしたが、そのままにしていて表面が乾いてきたら水を少しつけて、こするようにするとまたしっとりとしました。)

11:30
発作が起きる。
泡を吹く、足はバタバタせず突っ張っているような感じ。
足を変な方向に曲げようとしてしまうので、発作が落ち着いたら体を戻してさすってあげた。
体は怖かったのか、小さく震えていた。
 
17:00
少し隣の部屋に行って帰ってきたら、ジミニーのベッドから上体だけ滑り落ちていた。
発作がおきたかも?
 
23:58
パクパクと音。泡を吹いて震えていた。(30秒)
お薬を今日はしっかり時間にのませれているから、発作が出たのは本当に残念。
今日は4回発作。六時間ごとにでている。心配。
 
0:02
ハァハァと荒い息。室温設定18度にすると落ち着いてきた。
.................................................
 
また発作が増えて時間ごとのメモが増える。
10月9日
1:46
横になったまま舌を少し出して泡をふく
 
7:11
泡をふく、右前足を大きくかく。
 
8:00
右に3回ほどまわり続ける
 
11:26
発作。泡、痙攣。
 
12:30
右に旋回続ける。

10月10日
0:41
パクパクと音。泡をふく。
 
3:25
泡をふく。全ての足が激しく動く。(30秒ほど)
 
4:56
泡をふく。全ての足が激しく動く(1分ほど)
後ろ足が勝手に動く。
顔は戻っても二分たってもフセの姿勢に戻りたいのに、うまくできずに後ろ足が空をきってフセできずにいた。
 
6:09
発作。パクパクと音。泡をふく。
足は犬かきのように動かす。短い発作。
右眉の所が動く。
 
7:17
泡をふく。犬かきのような動き。短い。
 
9:00
薬を飲ませる。
 
10:23
自分でトイレに行っておしっこをする。
 
10:27
自分でトイレに行ってうんちをする
 
11:14
ハァハァを荒い呼吸。右に3度ほど続けて回る。
 
11:40
病院の中で発作。
「ワァァァァァァオォォォォォン」大きな鳴き声。発作でひっくり返る。
かなり苦しそう。カートから飛び降りそうになる。
看護師さんに連れていかれた。
その後もう一度同じような発作がでて病院で預かってもらい数時間点滴。夕方迎えにいく。心配。
ゾニサミドの検査。(次の日結果待ち)
 
20:30
犬かきのような発作。軽め。
 
21:30
這いずり回る。(足が立ち上がれず)
 
22:00
立ち上がれず、おもらしする。
 
22:30
立ち上がれず、おもらしする。
 
23:00
薬をのませる。

10月11日
2:00
ジミニーのクッションからすべり落ちる。
 
3:00
ハァハァという呼吸が大きくなって酸素スプレーをする。
 
4:00
クッションから落ちる。
 
8:50
自分でトイレに行っておしっこができる。
 
9:30
二回ほど鳴き声をあげる発作。病院でまた体調が悪くなる。
また午後に点滴をしてもらい、夕方迎えにいく。ジミニーは家では設定温度が18度なので、タクシーや移動などでしんどくなってしまっているようだった。
ゾニサミドの結果、お薬を一種類増やせるようになった。
 
18:30
タクシーを降りて家に帰る途中でかなり大きな鳴き声。
「グワワワワワァァァングワァァ――――――ン」というような今までにない鳴き声。
急いで家に帰る。
 
18:53
眉がふるえる
 
19:19
発作。這いずり回る。
 
21:10
発作。泡をふく。犬かきのような動き。
 
23:16
発作。泡をふく、犬かきのような動き。
 
23:30
薬をのませる。

発作が出ていない時間は、この頃はほとんど徘徊していた。もう名前を呼んでも反応しない。ただ歩き続けていた。
疲れるまでずっと歩いて、眠る為に疲れるまで歩き続けてその場で倒れて寝るというような事をしていた。眼振もよく出ていた。
 
それでも自分でトイレに行った。
トイレをするのは本当に大変になった。
足が踏ん張りがきかないので、トイレの網目に足が滑らないように爪をひっかけてしていた。
(トイレは一回り大きいサイズに変えました。ジミニーが乗る部分に少し縁があるものを選び、足が広がっていくのを防げるようなものにしました。)
トイレをするときも10〜15回トイレに何度も何度も行って、「自分が今からトイレをするんだ」と意識して考えているようだった。
どうすればよいかを入念に位置を確かめてしていた。
そのたびに転んで、尻もちをついていた。それでも自分でしたがった。

おむつやマナーベルトをさせてもトイレにいって、しゃがんでトイレをした。
ジミニーの意識がある時は、トイレをする時に後ろ足が広がるのを支えてあげたけれど、ジミニーの意識がなくなってからはそれを嫌がった。
自分のタイミングで触られたりせずにしたいんだと思った。
だから転んだら起き上がらせるけれど、トイレは好きにさせてあげるようにした。
発作で転んだり、おもらしをしてもいいように床も赤ちゃんが使うようなジョイントマットを部屋全面に敷きました。
だけど発作がおきておもらしする以外は、最後まで必ず自分でトイレに行ってしていた。

10月12日
24:30
自分でトイレに行きおしっこをする。
 
1:24
パクパクと音。泡をふく。(フセの姿勢のまま少し右に曲げながら)
 
2:39
右に旋回。その後徘徊。突然バタッと倒れて寝る。
 
3:32
泡をふく。横になったまま。すぐおさまる。
 
4:35
徘徊。
 
5:31
徘徊。ハァハァと荒い息。
 
6:06
徘徊。ハァハァが荒い。
 
7:13
発作。パクパクと音。横のまま犬かきのような動き。
 
7:45
発作。パクパクと音。横のまま犬かきの動き。その後右に何度か旋回する。
 
8:26
発作。上体を起こして顔をふる。足もジタバタ。いつものような犬かきの動きより強めの動き。(30秒ほど)蹴るような動き。

もうほとんど寝れていない。この頃には昼夜が逆になっている感覚。でも昼もそんなに寝れていなかった。
ずっと眠たかったんだろうと思う。
 
もうほとんど足が立たなく、トイレも本当に大変になっていた。
寝れないし、トイレも何度も姿勢を変えてチャレンジするから体力も使っていた。
本当にトイレができなくなった時の事を考えて、おむつカバーとサスペンダーを注文していてそれがこの日届いた。
 
人間の赤ちゃんのオムツがフレブルにはちょうど良いとブログで書いてらっしゃる方が多かったので、それを使って生活はしなかったけれどパンツタイプの人間の赤ちゃん用おむつМサイズを用意していた。
さらにそれだけだと、歩いているうちに脱げてきてしまうのでおむつカバーとそれにつけるサスペンダーを買いました。
普通のサスペンダーは前後4か所で留めるけれど、私が買ったものはお尻側に2か所金具があって、クロスして輪っかになった部分(調整可能)に頭を通すようになっています。
這いずりした時でも前面に金具があると肌が赤くなったりするらしいのですが、お尻側に金具があると防げるのでこれにしました。

サスペンダーが届いたときはふらふらでしたが、まだ立って歩いていました。
 
この日は朝から何も食べれなかった。
子犬用の粉ミルクを買ってきて、お湯で溶かしてあげてみることにした。
作ってあげてもはじめはくんくん気にしていたけれど、スプーンに入れてにおいを嗅がせるとスプーンをなめた。
そしてスプーンに入れてあげるとペロペロと一生懸命飲んだ。もう器に顔を入れて飲むことはできなかった。でも、とてもおいしそうにしていたから最後に飲ませてあげれてよかった。
 
16:27
足をつっぱねるように動かす。酸素スプレーをする。早めにおさまる。
 
17:30
呼吸がはやくなったまま、おさまらなくなる。旋回をする。眼振もでる。
 
17:55
発作。おもらしをする。泡をふく。
 
18:23
眼振。
 
(17:30頃からの一時間荒い息が全然戻らなかった。その間水はたくさん飲んだ。)
 
18:30
坐薬をいれる。
 
18:38
発作。痙攣。
坐薬を使ってしまったから、夜中に何かあった場合もう対応できないので薬をもらいに行ってもらう。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここからはもうノートには残せなかった。
家には私とジミニーだけになった。
坐薬は全く効かなかった。
 
ジミニーは大きい鳴き声をあげた。
狼が遠吠えする時のように首を反らして、ため息をするように「ウヮァァァンウワァァンウワァァ―――ンウワァァ―――ン」と木のベッドのフレームに、鳴きながら頭を思い切りぶつけた。
ぶつけても痛くないようにブランケットや毛布ですぐにガードしたけれど、また鳴いて体で思い切り反動をつけて同じように頭を叩きつけた。
そして、そのまま吐いた。
 
今も思い出したら辛い。
ジミニ―は頭が痛くて、自分からその痛みを消すように頭をぶつけているようだった。
 
それからしばらくしてもう一回同じように。
「ワァァァァァァンワァァァァァァ―――ン」と鳴いて、またベッドに頭を思い切りぶつけそうになったからその間に入った。
そしてその後吐いた。
そのまま一度動かなくなった。
その発作でかなり脳にダメージを受けたんじゃないかと思う。
 
そこから横たわってハァハァハァと荒い息が続いていた。
「ジミニー…ジミニー、ジミニー」と泣きながら声をかけ続ける事しかできなかった。
 
そのジミニーの大きな鳴き声が、姿が、痛くて辛くて泣いているようだった。
 
ジミニーに「もう頑張らなくていいんだよ…」と言った。
脳腫瘍が分かった時は「行かないで、行かないで」と言ったけれど、もうこれ以上苦しまないでほしかった。

ずっと一緒にいたかったけれど、この苦しみから解放されるならその方がいいんだと思った。

脳腫瘍が分かってすぐジミニーの表情や記憶はなくなっていった。
 
だけど弱い私の為にジミニーはもう一度戻って来てくれた。
そして、もう一度ジミニーと過ごすことができた。
夢みたいな一週間だった。
当たり前だった毎日が特別なものだったと感じ、毎日に感謝した。
ジミニーがいた時間は自分は毎日幸せだったんだと感じられた。
その一週間があったから頑張っていける。
あの子が私を心配して戻って来てくれたと思うから。
 
だからもう行かないでって言ってはいけない、と思った。
ジミニーが心配してしまうから。
 
横たわるジミニーに、ありがとうね。と言った。
大丈夫やからね、心配せんでもいいからね、もう大丈夫やから、って。強くなるからね、って。
 
夫が帰って来て、しばらくしたらジミニーの息がゆっくりになった。
ジミニー、ジミニーと名前を呼んだ。
もう心配させたくなかった。
いつものようにジミニーに笑ってみたけどうまくできなかった。

夫が抱っこしてあげようと言った。
抱き上げるともうジミニーはどこにも力が入っていなかった。
 
私も抱っこした。とても軽かった。
息がすごくゆっくりになっていた。
 
ありがとう。ありがとう。と言った。
本当に幸せだった、もう心配しなくて大丈夫だから、と。
もう心臓の所に手を当ててないと生きているか分からないくらいだった。
 
私はジミニーを腕の中に抱いて話しかけた。
怖くないからね。
今からこういう所にいくからね、と話した。
「私のお父さんがきっと待ってるから、一緒に遊んだらいいよ。」って言い終えたらジミニーのお尻からうんちがでていた。

「ジミニーが死んじゃった。」と夫に言った。

そこから子供みたいにわんわん泣いた。

| 脳腫瘍 | 20:56 | comments(2) | - |
最後にジミニーを感じた日。
10月3日
昨日は発作が二回あったので、朝から病院へ電話。追加で貰えるお薬があるとのことで、ジミニーを置いて病院へ取りに行った。
ガバペンというお薬が一つ増えた。大きめのお薬なので、割ってボーロに混ぜるがなかなか食べてくれない。ジミニーの様子から食べにくそう。固い。苦そうな感じ。
 
12:30
寝ていて起きて立ち上がろうとした時、左足が軽い麻痺でガクンとなった。
それ以外はいつものように荒い息は出る時もあったけれど、調子は良さそうに見えた。
一週間で薬を足さないといけない状態になった。
もうステロイドを減らすような状態ではない。

10月4日
今日は好調。朝からとても元気がよく、ご飯やおやつもよく食べる。
食べれる内にいろいろと食べてほしい。
ドッグフードもたくさん食べれるようになってきた。これからもこのくらい食べて体重も増えてくれたならいいのだけど。
ジミニーはこの頃には10.8キロになっていた。
ボーロをはじめに、ひとつふたつあげてから、ドッグフードにすり替える。
ひとつずつ口に入れる。そのうち手のひらいっぱいに出したドッグフードに顔をくっつけて食べた。
おなかはきっと減っていたんだと思う。
集中力もなくなっているし、食べにくいのか、何かが前と変わったのかリズムがないと以前のようにはどんどんと食べてくれない。
 
あとはお薬を飲ませるのが本当に大変になった。
前はフードやジミニー大好きなコックパンに挟めばほぼ食べてくれていたけど、今は薬をどんなに小さく切っても舌で潰すようにして食べて見つけ出してしまう。
これは本当に大変だった。
すぐ集中力もなくなってしまうから、お薬を混ぜてボーロを食べさせていてもすぐにどこかに行ったりしてしまった。
お薬をボーロで騙されて食べてくれないと、シリンジであげないといけなくなる。
シリンジでお薬を飲ませるのは苦くてしんどそうだったから嫌だった。
少しでも辛い思いはさせたくなかったので、お菓子と一緒にあげるけれどなかなかたべてくれなかった。
 
10月5日
今日も昨日と同じで好調。
こんなに調子の良さそうな日はお散歩へ行く。
なかなか歩けなかった時に比べれば走ったり、平らな道ならけっこう走れる。
またカートの上で足踏みをしていた。
「はやくはやく!」と言っているように何回も何回もするものだからジミニーらしくておもしろかった。
また二人で「おもしろいねぇ」と言って歩いた。
ずっとこの子がいる、そんな時間が長く続けばいいのにと思った。
 
長くは続かないと分かっていても、今のジミニーが見れて嬉しい。
分かった時は、もうジミニーの表情や性格ではなくなっていたから、ジミニーと過ごせるこの時間が嬉しかった。
私の後ろをずっとずっとついてくる。
かわいいジミニー。かわいくてかわいくて悲しい。

10月6日
夜中にハァハァとなって、お水を飲ませる。
それ以外はフードも食べてくれるし元気そう。今日は雨だからお散歩に行けない。
それでもおやつを食べるし、お薬も飲んでくれた。シリンジも夜だけ少し残った分を使うだけ。
やはりシリンジは嫌がったけれど。
 
16:20
目を見開いて、泡を吹きその泡を払いたいように首を振っていた。
少し舌を噛んでしまったようで、舌の裏側が一か所小さく青くなっていた。
手はバタバタとするより、手がひろがったような感じ(30秒〜1分)

お薬を飲んでいても、発作が出るようになってしまっている。

今日は私が台所でご飯を作る間ずっと私の横から動かなかった。
こっちを見ている時もあれば、完全に頭を下に向けて首を下げたままずっと立っていた。
頭が痛いのか、頭を下げて立つ姿はかわいそうで、「しんどいからこっちにおいで」と言ってジミニーのベッドをキッチンのそばに置いてあげた。
それでも立ち上がって私の真横に来て、終わるまで首を下にしたままずっと立っていた。
 
大きい発作を起こすとジミニーの脳の細胞はダメージを受けて、そのたびにどこかが壊れていったような気がする。
足が動きにくくなったり、舌が麻痺してしまったり。
発作は明け方とか、睡眠から起きた時にも多く出ていた。
 
今思えばあまりに辛いけれど、ジミニーはあの時寝たくなかったのかもしれない。
次寝たら、私達の事をまた忘れてしまうかもしれないとどこかで感じていたのかもしれない。
今もあの姿は忘れられない。
しんどそうに頭を下げて立つ姿。
それでも私の存在を感じたくて、ずっとそばにいたかったのかもしれない。

この日が最後のジミニーだったと思う。
| 脳腫瘍 | 21:16 | comments(4) | - |
長くは続かない幸せ。
10月1日
今日も体調が良い。
今日も朝からすごく元気。今日は鴨川まで行った。
もうどれぐらいぶりだろう。

ジミニーは体調がよくて、早く自分で歩きたいようで、カートから降りたそうにカートの上で足踏みしたりしていた。
あまりにそれがかわいくて、二人で笑ってしまった。
 
私達はおにぎりを買って鴨川にあるベンチで食べた。
ジミニーはカートの上でフセをしていた。
いつもやってた普通の事が、こんなにも幸せな時間だったのか。と今頃気付く。
 
あまりに平和でジミニーがいなくなることが現実ではないのではと考えてしまう。
絶対にそんな事はないのに。
 
鴨川で下に降ろしてあげたら喜んで歩いた。いつものように軽快に歩いた。
本当に嬉しそうだった。本当に行ってよかった。
けっこう早く走った。まだこんなに走れるんだと思った。
まだまだ走れそうだったけど、カートに乗せて帰った。
 
その時は足もしっかり動いていたから、この子を見ても脳腫瘍とは普通の人は分からないな、と思った。
ジミニーは脳以外は元気だったし、毛艶もあった、足腰も元気な時はしっかりしていたから、カートの上でも立つことができた。

ジミニが脳腫瘍になり、カートに乗るようになって思った事。
元気に見える子でも元気じゃない子もいるんだ、と。

心臓が悪かったり、目がみえていなかったり、一見元気そうにカートに乗っている子でもいろんな事情がある。
元気な子でも、わんちゃんや人が苦手な子もいると思う。
それでもカートに乗って、外の空気を感じる事は、犬達にとっては幸せなこと。
みんないろいろ抱えて生きているんだ、って。
 
これも、昨日のお話の続きで、ジミニーが教えてくれたのかも。

..........................
 
夜もいつもより調子が良さそうだった。
ハァハァも寝る前のしんどそうな感じがいつもより少なく感じる。
ずっとこのままいってくれればいいのだけれど。
 
と、書いていたけれど、この幸せは長くは続かなかった。

10月2日
今日は朝から病院へ。雨なのでタクシーで行った。
ステロイドを減らそうかと言われたが、昨日あたりが一番調子が良かったと言うと、ではもう一週間このままのお薬で続けてみようという事になった。
昨日の夜でお薬がなくなってしまった。朝病院へ行ったので朝のお薬がいつもより遅れてしまった。
 
13:07
ガタンと音がして、隣の部屋を見に行くとジミニーが泡を吹いて横になったまま足をバタバタさせていた。
 
ジミニーの今はお薬で助けられている、と分かっていたけどそうだった。
今のこの時間は長く続かないんだと。

21:30からまた息が荒くなる、心配。
 
今日はたくさん食べ物を欲しがった。ドッグフードもお皿二杯たべて、おやつもたくさんほしがった。
 
ハァハァと息がつらそうなので、室温設定を18度まで下げる。
私はフリースを着て、冬みたいな恰好でこの頃はずっと寝ていました。
首に保冷剤とかではなく、ジミニーの場合は室温をぐっと下げると、体温が冷えてそれで頭の方が楽になっているように感じた。
息が落ち着いたら、少し温度を上げたりしましたが、この頃のジミニーは22度以上はしんどそうでした。
 
24:13
フセの状態でビクッとしてトイレの方へ。
トイレ前で横に倒れ、口から泡を吹き足をバタバタさせていた。
 
ステロイドを減らしていくような状態ではないんだと思った。
他の脳腫瘍の子のブログで、二週目にお薬が効いた子はその後持ちこたえてくれていたが、二週目にはジミニーはお薬が効かなくなっていた。
それはどんどんこのまま状態が悪くなっていく、という事だと感じていた。

| 脳腫瘍 | 20:53 | comments(0) | - |
 1/10 >>